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香芝市に湧き出る泉と地下を流れる水路 ~吉野川分水について~(前編)

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Hello, World! ナベです。

ここは香芝市の五位堂、新池前の道路です。
一見ただの道路ですが、この下には奈良県の農産物を支える「吉野川分水」が流れています。

「大和豊年米食わず」という言葉があります。
これは大和の国が豊作の年は、他の地域で雨が多く、洪水、水害で米がとれないという例えです。
大和平野は年間降雨量が約1300mmと全国平均の約8割であり、大和平野を流れる大和川は流域が極めて小さいため、恒常的な用水不足に悩まされていました。
大きな川がないため、大台ケ原などに降った貴重な雨の多くは和歌山へと流れていきました
山ひとつ向こうには吉野川(和歌山県側は紀の川)が流れている。この吉野川の水をなんとか大和平野へ引けないものか・・・。」
それは農家の人たちの切実な想いでした。

和歌山県「奈良県へは一滴の水もやれぬ」

奈良県は吉野川のみならず、その他あらゆる角度から検討し、幾度となく計画を立案していきます。
しかし紀伊平野の農民も大和平野と同じく水不足に悩んでいたため、和歌山県からの反発は大きいものでした。
さまざまな問題を抱えた分水計画は、戦後の復興国土計画要綱に
「全国12水系における水資源の総合開発」が盛り込まれ
その中に十津川および紀の川が含まれていたことから実現へ向けて動き出しました。

このような吉野川分水の歴史については「吉野川分水歴史展示館」で学ぶ事が出来ます。

大迫ダム
堤頂長222.3mのダムの上を、自動車で通過する事が出来ます。

さて、それでは水はどこから来るのか。
川上村の「大迫ダム」までやってきました。
紀の川本川の最上流部に建設されたこのダムが、吉野川分水がスタートします。

少し脱線しますがこの地には古くから薬湯として知られ、平安時代にはすでに温泉として開湯されていた歴史があり、江戸時代には湯治に訪れる人も多かったそうです。
そんな歴史ある温泉は、大迫ダムの底に沈みました。
しかしその後、再び掘り当てる事に成功したのが入之波温泉(しおのはおんせん)です。

ここはとても成分の多い濁り湯で、玄関には黄褐色の石灰質の析出物が飾られています。
非常にオススメの温泉ですので、温泉好きな方は是非。

さて、話を戻しまして大迫ダムから吉野川分水の長い旅が始まります。

下渕頭首工

大淀町下渕までやってきました。
これは「下渕頭首工」です。
吉野川分水の取水口で、川に堰を作って水を大和平野へと流しています。

東西分水工
解説ボードと、水路の土管も展示されています。

こちらは御所市樋野。
ここにあるのは「東西分水工」です。
下渕頭首工から送られてきた水を東西に分岐させる施設です。
実際に目にすると、水量がすごい!
ここで東部幹線水路と西部幹線水路に分かれて大和平野へと送られます。

この水が香芝市まで来るには、もう少し距離があります。
ではこの後、この水が香芝市へどのように向かうのか。
後半へ続きます。


資料協力
大和平野土地改良区

参考文献:
大和平野土地改良区『吉野川分水ってなぁに? くらしをささえる大切な水の話』、2011年3月
奈良県農林部農産振興課『「吉野川分水」~豊かな水を求めて~』、2018年3月
奈良県農林部農産振興課『吉野川分水ウォーキングマップ』