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カシプラレポート第2弾!『 屯鶴峯ものがたり 侃諤倶楽部 』

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皆さんは香芝市刊行のグラフ誌『香芝遊学』をご存じですか?
その最終号(Vol.10)に『屯鶴峯ものがたり』の記事を見つけました。

二上山は、大和から見れば太陽が沈むところで黄泉の国の入り口であり、難波から見れば太陽の昇る生命の再生の場所として、古代の人々の信仰を集めてきました。
 また、この二上山の北の稜線につらなる穴虫峠は、古くから鏃や刃物に使うサヌカイトの産地として知られ、河内と大和を結ぶ交通の要衝としても重要な役割をはたしていました。
 そして、女王卑弥呼を葬ったともいわれる箸墓古墳は、大坂山(今の穴虫峠)の石を運んで、昼は人が夜は神が作ったと、日本書紀に記されています。現実に、この古墳は穴虫峠付近でしか産しない凝灰岩で作られています。
 このような穴虫峠を舞台にした、美しい少女にまつわる不思議なお話をいたしましょう

屯鶴峯物語

屯鶴峯物語「峠の少女」[PDFファイル/690KB]


 侃諤倶楽部の代表者児玉洋子さんは、今も自宅の窯で陶芸家として活躍されている女性です。ものがたり完成までの苦労話をお聞きしました。
 「陶芸を20年続けた50歳すぎまで社会と何の繋がりもなかったので香芝市はどんなところかを知りたいと思い、侃諤倶楽部に入ったんです。そしたら・・いろんなことがグワーッときて、みんなの要望に応えるよう一所懸命やって『屯鶴峯ものがたり 峠の少女』と筝曲のCDが出来上がりました」と、当時の日々の思いをこみ上げるように話してくれました。

プロローグ

侃諤倶楽部で活動されていた児玉さんたちは、香芝市市制施工10周年(2001年)の時に、市民の皆さんに香芝をもっと知ってもらいたい、との思いをめぐらせていたそうです。
そんな時、古事記(第17巻)の中で仁徳天皇の第一皇子、後の履中天皇が詠まれた歌に、穴虫峠(今の屯鶴峯)で出会った少女の話があることを知り、「これなら!」と、創作を加えた物語を文章にまとめ(香芝市在住の歌人岡本智子さん)、当時二科会副代表の京田信太良氏に挿絵を添えてもらい、『香芝遊学』最終号にギリギリ間に合って掲載したのが『屯鶴峯ものがたり 峠の少女』でした。

さがしもとめて

  その記事を見て、日本舞踊の『白扇の舞』(代表者佐野博子さん)からこの物語を舞にしたいとの依頼がありました。舞にするためには、曲・振付・演奏・ナレーションが必要でした。
 曲は、尺八奏者(西崎悠山氏)に忙しい合間にお願いしたので、数年後にやっとデモテープが届きました。
 そのタイミングで、2010年に募集があった平城遷都1300年のまほろばステージは、発表するチャンスだ!と思いました。
 舞台を頭の中でイメージすることができたので、『筝曲で踊りを舞い、物語のナレーションをいれて舞台を構成します』という内容で申し込むと、採用の通知がありました。
 その時、本番までに残すところ1年2か月位でした。衣装はすべて手作り、デザインから生地選びまで大舞台での発表に向けて『白扇の舞』のメンバーは大変でした。
 完成した演奏曲は香芝三曲協会の矢野木綿子さんの所属するプロ集団(グループハーモニー)にお願いし、振り付けは日本舞踊家花柳勲麿氏が引き受けてくださいました。このような慌ただしい中、1300年祭のまほろばステージで初演を無事に終わらせることができました。
 作品ができて17年後、物語が香芝の物語として認定されたのを機に、邦楽の演奏者が誰でも演奏できるようにとNPO法人グリーンピープルの協力により楽譜を作りました。
 「これだけでは終わらせません」と児玉さん。

 尽力してくださった先生方のためにも有言実行!!

 なんと6か月後に、NHK大阪ホールで発表する機会を得ました。

 演奏会当日に楽屋入り口で各社中の演奏者に「最後の曲で演奏する曲の楽譜です」と声をかけながら手渡ししました。
 フリーアナウンサー弓場裕子さんによるナレーションとともに、珍しい美しい曲なので、大勢の方に最後まで演奏を聴いていただいただけでなく、終わるころには観客席が・・! まさかのスタンディングオベーション?!
思わず見間違いかと思った程で、会場が感動の渦に巻き込まれていたそうです。
 ホントに凄いですよね!!
 児玉さんが大事に持ってこられた古い資料のファイルには、当時のラフスケッチやいろんな方との出会いと心温まるエピソードが詰まっていました。
 これまでの侃諤倶楽部でのご活躍、本当にお疲れさまでした。

エピローグ

 「私は人に恵まれました」と何度も話される児玉さん。この物語はほとんどがボランティアの人たちで作り上げられたことは誇るべきことだと思います。
 現在、市内の小学校の授業の一環として邦楽に触れる機会が年間を通じて設けられています。これは香芝三曲協会の方々の協力によるものですが、その折には必ずこの物語を紹介しています。
 もっと多くの方々に聞いていただく機会が増えることを期待してCDを制作することにしました。CDが出来上がったとき、香芝市および葛城市のすべての幼稚園、小学校、中学校に教育委員会を通じて配布しました。
 「香芝の物語として、いつまでも語り継ぎ、演奏の機会をつくっていただければと願っています。」

児玉 洋子

あとがき

(取材・文=店舗デザイン設計IKU 南 郁子)

 CDに添えられている説明のように纏めてみました。
 児玉さんが幼少期に習っていたとはいえ、62歳でお琴を再開し、70歳の時に17弦のお琴を先に買って自分を追い込みながら、2年間大阪の教室に通い、弾けるようになったと聞いたときは、どこからそんなパワーがでてくるのか不思議なくらいです。

是非、『屯鶴峯ものがたり』のCDを聴いて感動を味わってくださいね!

(現在侃諤倶楽部は活動休止中)